車高調セッティングマニュアル

車高調の基本構造

車高調には純正サスペンションにはない調整式のスプリングシートが備え付けられており、 これにより車高を調整できます。 車高調整機構の仕組みには大きく分けて2つあります(Cリング式は紹介しません)。

ネジ式

スプリングロアシートのみ調整式です。 ショックの全長は不変です。 スプリングにプリロード(与圧)を加えたり、遊ばせたりすることで 車高を上げ/下げします。

スプリングが遊んでしまうと走行中にバネが暴れてしまう場合や、 サスペンション形式によってはバネが外れてしまう可能性があります。 またプリロードをかけるとサスペンションの動きが渋くなり 走行性能に悪影響を及ぼします。

全長調整式

ネジ式とは異なり、ショックの全長を変化させて車高を調整する方式です。 ロアブラケットがショックと別構造になっており、ロアブラケット筒内にもネジが切ってあります。 またショックシェル全体にわたってネジが切ってあることから、フルタップ式と呼ばれることもあります。

基本セッティング

スタート地点となるセッティングは走行環境(例えば街乗りなのかサーキットなのか)や車種によって大きく異なります。 ここではサーキットユースに絞って、まずは妥当なセッティングを出すコツをご紹介します。

バネの選び方

バネを語る上で重要になる数字が3つあります。 バネレート[kg/mm]、自然長[mm]、そして許容ストローク[mm]です。 バネレートは「1mm縮めるのに何kgの荷重が必要か」示す値で、いわゆるバネの硬さを決めるパラメータです。 単位は省略されて単に「キロ」と呼ばれたり、「k」と表記されたりしますが、いずれも同じものです。 近年では[N/mm]という、荷重を質量ではなく力で表す表記も増えているようですが、まだまだ慣例的に[kg/mm]が一般的です。 自然長はバネに荷重をかけていない、素の状態でのバネの長さです。 許容ストロークは「そのバネは何mm縮むことができるか」を示す値で、この値を超えてしまうとバネが元に戻らなくなったり(塑性変形)、 バネの隣り合う線同士がぶつかってしまったり(線間密着)して、最悪バネが壊れてしまいます。 バネのメーカーやブランドによっては許容ストロークの代わりに許容荷重という数値を掲示していることもありますが、 「許容荷重÷バネレート」を計算すれば許容ストロークを求めることができます。

レバー比とホイールレート

バネレートとよく似た概念にホイールレートというものがあります。 これは何なのか、きちんと足回りを検討するには避けては通れないので補足します。 ここでバネレートを 10k として考えてみましょう。 先ほど説明したようにレバー比1.5であれば100kgの荷重に対して見かけ上バネにかかる荷重は150kgです。 したがってバネは 150 / 10 = 15mm 縮むことになります。 しかしレバー比がかかっていることで、ホイールハブはそれより更に1.5倍の22.5mm動くことになります。

これらのことより、このサスペンションに100kgの荷重を与えると22.5mmのストロークが得られたことから、 見かけ上のバネレートは 4.4k となります。 この「見かけ上のバネレート」のことをホイールレートと呼びます。 要するに「ホイールから見た時の実質バネレート」という意味ですね。 バネレートを設計する時にはこのレバー比が重要です。 レバー比とストローク量、バネレートの関係をまとめておきます。

  • (ホイールレート) = (バネレート) / (レバー比)^2
  • (バネのストローク) = (ホイールハブのストローク) / (レバー比)

他にも実際に車高調に取り付ける際にはバネの形状が重要になります。 例えばIDはバネの内径(inner diameter)であり、基本的にIDが異なると流用ができません。 またバネの巻き方には直巻(普通のコイルバネ、均等な巻き方)や荒巻・樽型(バネの巻きが荒かったり、途中でIDが変化する)などの種類が存在します。 車高調では基本的に直巻・ID65(mm)のバネが使われていますが、メーカーによってはID62や70を採用するところ、 またFF車のリアバネでは樽型が使われることがあります。 他にも線径や巻き数などもバネの特性を決める上で重要なファクターであるようですが、 数値を用いた客観的な議論が難しいためここでは説明しません。

補足
  • 直巻: 作りやすい。形状が素朴で、色々な車体形状に合わせやすく、 車種に依存しない、車高調用の汎用品が広く流通。 巻き数が増えると線間密着しやすく、ストローク量確保で苦労しやすい。 縮みに対するバネレートの変化が少ない(線形)ため、ダイレクトな感覚。乗り心地△
  • 樽型: 許容ストロークが大きい(自然長の1/4くらいまで縮む)ため、 短い自然長でも大きなストロークを発生できる。 直巻に比べ場所を取るため、フロントサスペンション用のバネとしては使いづらい。 車種専用とまでは行かないが、流通量が少なく、 メーカーもLargusかBlitzくらいしかないため選択肢があまり多くない。 不等ピッチで作られることが多く、乗り心地◯。
  • 荒巻: 純正に多い形状。不等ピッチで、縮み始めは柔らかく、 更に縮んでいくと硬くなるようなバネ設計が可能で、 路面の凸凹はいなしながらもロールしづらいようなセッティングが実現できる。 車種専用設計のものばかりで流用が原則できない。 純正ショック用ダウンサスも荒巻が多い。 前述の理由から乗り心地◎。

さて、車高調を買うとまずまずショックとセットでバネがついてくるはずです。 新品の車高調についているバネを、 服飾業界での既製品(反対はテーラーメイド)スーツの呼び名になぞらえて「吊るし」のバネと呼びます。 吊るしのバネでも十分走ることはできますし、街乗りメインならむしろ吊るしで乗っていった方が乗り心地の面で利点があると言えます。 しかしサーキット用途では吊るしはあまり宛にできません。

なぜ吊るしがダメなのかを説明する前にサーキットでバネにはどんな力がかかるのか説明します。 ジャッキで車を持ち上げた状態では足回りには荷重がかかっていないため「0G」、 着地したあと静止状態では「1G」と呼びます。 「2G」というと、つまりは足回りに静止時輪荷重の2倍の荷重がかかることになります。 輪荷重とは名前の通り1輪に加わる荷重の大きさです。

サーキットではコーナリング中の横Gや加減速時の縦Gが加わる時、また縁石を踏み越えた時にも バネに1Gにプラスして荷重がかかります。 路面や縁石の凹凸での荷重を計算することは難しいですが、タイヤのグリップによる縦・横Gは概算することができます。 これはあくまで目安ですが、タイヤごとに最大でどれくらいのGに耐えられるかを示します。

ここからはハイグリップタイヤを前提に話を進めることにします。 ハイグリップタイヤは概ね1.2G程度まで耐えられるとのことなので、 コーナリングやブレーキング時にサスペンションには、 静止時に元々かかっている荷重1G + 縦/横Gの追加荷重1.2G の合計2.2Gが最大で加わることになります。 2.2Gというと自分の体重が2倍ちょっとに感じる加速度ですから、かなり大きいことが分かりますね。

お気づきの方もいるかもしれませんが、バネ選びの際にはこの「最大荷重」が非常に重要な数値となってきます。 2.2Gに耐えきる前にサスペンションがこれ以上縮めない状態になってしまうと、 車の挙動が一気に不安定になります。 この状態を底突きといいます。 したがってこの底突きを避けるように足回りを設計していきます。

ここから実際の数字で考えてみましょう。 例えば前軸重が500kg、後軸重が300kgの車両があるとします。 現実世界で言えばちょっと重い軽自動車くらいの車格です。 またバネのレバー比が前1、後1.2とします。 本来はショックのレバー比も考慮する必要がありますが、今回は省略します。 軸重というのは左右の輪荷重の合計なので、1輪では前後それぞれ250kgと150kgになります。 例えばここに前5k/後3kのバネが2組と許容ストロークが前100mm/後120mmのショックが2組あったとします。 これは適当においた数値ですが、車高調としてはよくある設計です。 1G状態では、

と計算することができますので、前後とも50mm程度は縮む余地があります。 街乗りではだいたい0.5G追加でかかると言われていますので、 街乗り時の最大変位は前75mm/後108mmで、ショックの許容ストロークに対して余裕を持って使えます。

この車と車高調の組み合わせでサーキットに行くことを考えてみます。 前述のように最大荷重は2.2Gに登りますので、2.2Gの各輪のバネ変位を求めてみると、

と計算されます。 ショックの許容ストロークは100mm/120mmと設定したので、 この車高調は2.2G加わったときに「底突き」を起こしてしまうことが分かりました。

底突きを避けるために必要なバネレートを見積もってみましょう。 今回は2.2G負荷時に前後輪ともに静止時プラス40mm縮むようにバネレートを設定してみましょう。

当然ショックの許容ストローク量にもよりますが、サーキットでの最大縮量が概ね30~40mmになるように バネレートを設定するといい感じになると思います。

これをk_f, k_rについて変形すると下式が得られます。 これで求められたk_f, k_rを満たすバネをショックと組み合わせることで、サーキットでも底突きせずに 走ることができます。 このバネレートだと2.2G時に前後とも73mm程度ストロークし、27mm弱の余裕を残せるので、 コーナリングしたまま縁石を乗り越えるなどの走り方をした時でも底突きを防げるだけの懐を用意できました。

今回考えたショックの許容ストローク量は100mm/120mmだったので、 バネの許容ストロークもそれに合わえて用意しましょう。 一般にショックよりバネのほうにストロークの余裕をもたせることが多く、 今回の例で言えばフロントに許容ストロークが120mm、リアに140mmのようなものバネを選べば間違いないです。 ここで許容ストローク70mm/100mmのようなバネを使ってしまうと、ショックはまだ動けるのにバネが先に底突きしてしまい、 せっかくのセッティングが台無しになります。 計算結果から実際にバネを選ぶ際には許容ストロークが足りるか、またIDや自然長が手持ちの車高調に合うかなども しっかり考慮に入れて選びましょう。

プリロードについて

基本的にはプリロードはゼロで考えてください。 プリゼロは、バネが遊ぶか遊ばないかギリギリの位置です。 バネが遊んでしまうのは論外として、プリロードをかけてしまうと プリロード分は荷重が乗ってもバネが動かなくなります。

例えば10kのバネに5mmのプリロードをかけると、0G時にすでにバネには 50kgfの力がかかっていることになります。 ここに50kgの荷重をかけても、バネは既に50kg分の反力を持っているためバネは縮みません。

そもそもプリロードをかけるとプリロード分の伸びストロークが減ってしまいます。 レバー比が小さいサスペンションなら多少のプリロードでは大きな影響はないですが、 1.5など大きいレバー比のサスペンションでは小さなプリロードでも大きな影響を与えかねません。

エアロが効いているレーシングカーなどでは強いプリロードを設定して意図的に姿勢変化を抑える セッティングにする場合があるようですが、少なくとも乗用車のライトチューンでは プリロードはご法度です。

次項より、サーキット走行と街乗りでよくあるトラブルとその解決策を提示します。

サーキット走行

アンダーが出る

クリップでアンダーが出る/インにつけない

クリッピングポイント、つまりコーナーの中央あたりでアンダーが出る場合、低速で短いコーナーと高速で長いコーナーで区別して考える必要があります。

低速コーナーのクリップでアンダーが出る場合、コーナリング時の車の姿勢がやや後傾になっている可能性があります。 この場合1Gでの車高を少し前傾気味に調整するとこの傾向が改善される可能性があります。

高速コーナーのクリップでアンダーが出る場合、後傾姿勢が疑われるほかにタイヤの接地面積を最大化できていない可能性が考えられます。 この場合イニシャルキャンバーを少しネガティブ方向に調整することで改善が期待できます。

入口でアンダーが出る/舵を入れても頭が入っていかない

入口でアンダーが出る場合はフロントに荷重が乗っていない場合と前後輪でのタイヤのレスポンス差でリアが粘ってしまうことが考えられます。 以下を試してみてください。

  1. フロントの減衰力を下げる

    減衰力を下げることでブレーキング時にフロントが沈み込みやすくなります。これにより前軸への荷重移動がスムーズになり、コーナー入り口での頭の入りを改善することが期待できます。 4way減衰調整等がある場合は、低速のバンプ側を弱めます。 減衰を下げすぎるとブレーキングやブレーキリリース時にフロントが暴れてしまったり、フロントにかけた荷重が思ったより早く抜けてしまって逆にアンダーステアの傾向が出ることがありますので、都度調整してください。

  2. リアの内圧を下げる

    内圧の詳しい話は別のページで行うので、ここでは簡潔な説明に留めます。 一般にタイヤは内圧が高いほどレスポンスがいい=操舵に対して車が俊敏に動きますが、ピークグリップが低下します。 逆に内圧が低いとピークグリップが向上しますが、レスポンスは悪化します。 前輪に対して後輪の内圧を落としてあげることで、前輪のほうが早いタイミングでグリップし、遅れて後輪がグリップします。 こういった前後のグリップのタイミングを調整することで、入口でのアンダーを改善することが期待できます。

出口でアンダーが出る/加速時に外に膨らみすぎる

出口でアンダーが出ること自体は自然なことですが、あまりに程度がひどく思ったライン取りができない場合は車高調のセッティングで改善できる可能性があります。 出口でアンダーが出る場合は入口でのアンダーと逆の原因と対策が検討できます。

  1. リアの減衰力を上げる

  2. フロントの減衰力を上げる

クリップでアンダーが出る/クリップが取れない

オーバーが出る