サスペンションの基本

はじめに

ここではサスペンションの基本構造を説明します。 サスペンションは、車体と車軸の間に設置される機構で、以下に示す役割があります。

サスペンションが十分に役割を果たすことで優れた乗り心地を提供することは広く知られていますが、 サスペンションセッティングによってサーキット等の「速さ」「安定性」などにも大きな影響を及ぼします。 具体的なセッティングの話題は車高調の解説記事で説明します。

サスペンション構造の基本

一部の例外(ラバーコーンサスなど)を除けば、サスペンションは基本的に 緩衝機能を持つバネと減衰機能を持つショックアブソーバ(ダンパ)で構成されます。 さらに実車では車輪とサスペンションを接続するためのアームやマウントといった構造が付随します。

本当に関係ない余談ですが、当記事では基本的にJISに準拠した呼称を用いますので、 「ショックアブソーバー(shock absorber)」ではなく「ショックアブソーバ」、 「ダンパー(damper)」ではなく「ダンパ」と書きます。 「Computer Literacy」もよく見ると「コンピュータ・リテラシ」でしたよね? 実際に使う際には別にどちらでもいいですが、念の為。

バネは、荷重に応じて伸び縮みすることで、車軸から車体に不要な振動が伝わることを防ぎます。 また加わった荷重に対してどれくらいの長さ伸び縮みするのか(フックの法則)、 どれくらいのスピードで伸び縮みするのか(固有振動数)を決めます。

ショックアブソーバー(以後、ショックと呼びます)は、サスペンションにおけるブレーキの役割を果たします。 高校物理で「単振動」を習ったと思いますが、ショックなしのバネだけサスペンションは一度揺れ始めると なかなか収まらず、却って安定性を損なうことになってしまいます。 そこでショックアブソーバを取り付けると、バネの動きに「ブレーキ」がかかり、 振動を続けると徐々に振幅が小さくなるということです(減衰振動)。

ショックの構造を日用品に例えるとしたらところてん突きや注射器でしょうか。 これらが共通しているのは、シリンダ(筒)とピストンから構成され、中の液体を 小さな穴を通じて内外に出し入れする機構ということです。 もし注射器のようなものが身近にあれば試してみてほしいのですが、ピストンをゆっくり動かす分には 少し抵抗力があるものの、問題なくピストンを動かせると思います。 一方でピストンを素早く動かそうとするとかなり力が必要になるはずです。 それ以外のもので例えるならば、ストローで飲み物を吸うシチュエーションを想定してください。 マックのストローと野菜生活のストローだと、細い=穴が小さい野菜生活の方が吸いづらいですよね (飲み物自体の粘性もありますが)。 このときの抵抗力が俗に言う減衰力というものです。 減衰力が強ければ「ブレーキ」の効きが強いということになります。

独立懸架 vs 車軸懸架

サスペンションには様々な方式がありますが、 独立懸架車軸懸架に大別することができます。

独立懸架は、名前の通り他の車輪からサスペンションが独立している方式です。 つまり独立懸架の場合「1輪=1サスペンション」ということです。 左右別系統になっているため、両輪が自由に動くことができます。

四輪全てが独立懸架の車両のことを「4独」ということがあります。

一方車軸懸架は、左右輪が車軸で結合された方式です。 このため、片方の車輪が動くと反対側もそれにつられるようにして動きます。

これらはメリット・デメリットがあり、一概にどちらがいいというものではありません。 オンロード車の場合、基本的に独立懸架が「エラい」と言われることが多いです。 独立懸架では各輪が独立して動けるため、路面追従性がよく、乗り心地にも優れるためです。 一方、独立懸架を採用するとコストがかかるため、コストカットのために車軸懸架を選ぶケースがあります。 コンパクトカーや軽自動車では後席に人が座ることが少ないため、後ろ側の乗り心地を少し犠牲にしつつ コストを下げるために車軸懸架が使われることがあります。 また車軸懸架は「サスペンション構造が固定されている部分が多く、アライメントを取る手間が少ない」、 「部品点数が少なく、整備性が良い」、「悪路では片輪が持ち上がると反対側の車輪が地面に押し付けられるような 動作をするため、走破性が向上する」などのメリットがあります。

独立懸架方式

ダブルウィッシュボーン式(DWB)

独立懸架方式の中でも最もオーソドックスな形式です。 ロアアーム、アッパーアーム、ナックルから構成されます。 ロアアームとアッパーアームの間で作られる平行四辺形が変形するように足回りが動きます。 ここではロアとアッパーは等長・等角度ですが、長さや角度を変えることで動き方を変更することができます。

ストラット式

マクファーソン・ストラットとも言われるサスペンションで、 独立懸架ながら非常にシンプルな構造であることが特徴です。 ストラット式を構成する部品は、バネ、ショック、ロアアームのみです。 横方向の荷重に対してはショックがアームの役割を果たします。 すなわちDWBのアッパーアームを取り払い、ショックにその役割を肩代わりさせようというものです。 部品点数が減るためコストが安く済み、また省スペースでも使用可能であることが特徴です。

一方で横力に耐えるためショックを頑丈にする必要があり、 特にピストンシャフト(ピストンに繋がる棒)を太く設計する必要があるため、 重量増やショック内のオイル量減(=ショックの性能低下)などのデメリットがあります。 またコーナリング中はショックを折り曲げようとする方向にショックに力がかかるため、 ピストンリング(ピストンの密閉を保つゴム)がシリンダ内壁に強く押し付けられることで摩擦が増え、 ショックが「突っ張る」ようなフィーリングになりやすいです。 さらにDWBではタイヤが水平を保ったままストローク(伸び縮み)することができますが、 ストラットでは縮む際にキャンバー(前後から見た時のタイヤの角度)が増加するという特徴があります。

スポーツ走行では不便なデメリットが多いのですが、反面便利な点もあります。 DWBではイニシャルキャンバー(静止時のキャンバー角)をつけようとすると 必然的にアッパーアームかロアアームの長さを変える必要があります。 しかしストラットではアッパーマウントの取り付け位置を変えるだけでキャンバーを増減させることができます。 アッパーマウントの位置変更は「調整式ピロアッパー」というパーツがあれば可能です。

マルチリンク式

基本はDWBと同じですが、追加のアームやロッドを加えることでより理想的なサスペンションの動きを実現した方式です。 詳しく説明できる自信がないので、もっと知りたい人はWikipedia でも参照してみてください。

トレーリングアーム式

これまでの図とは見る向きが変わります。 この図は向かって左側を進行方向として車体側面から見たものですが、トレーリングアーム式はこのように アームを1本だけ持つ構造になっています。 古い車では見られることがありましたが、21世紀の車両ではほぼ絶滅した方式です。 旧規格軽自動車の四独では後輪にこの方式が用いられることがありました。 航空機のサスペンションとしては現役で使われているようです。 また前後を反転させたサスペンション形式はリーディングアーム式と呼ばれ、ジムニーのフロントなどで採用されています。

メリットとしては構造が簡単であり、整備性がよく製造コストが安いことです。 また構造的に駆動軸(ドライブシャフト)があっても成り立つものなので、 駆動輪にも非駆動輪にも使うことができます。 デメリットとしてはサスペンションを支える軸が一点しかないため、 横力が加わるとアームが左右にずれてしまい、操縦安定性に悪影響がある点です。 このデメリットを軽減する方式として派生したものにセミトレーリングアームというものがありますが、 車体側の軸の取り付け方法に工夫が施されているだけで基本構造は変わりません。 古くはポルシェでも採用されていたようですね。

車軸懸架方式

リンク式

リンク式は車軸懸架方式の代表格です。 リンク式には3リンクや5リンクがありますが、基本構造は3リンクです。

3リンク式は車軸、2本のトレーリングリンク、そしてラテラルロッドからなります。 トレーリングリンクが果たす役割はトレーリングアーム式と概ね同じです。 ラテラルロッドは車軸の左右位置を決めるための棒です。 3リンク式では車軸とトレーリングリンクが固定されているため、 片輪がストロークすると車軸が傾くように動きます。 このように両輪が互いに影響を及ぼし合う点が車軸懸架方式の特徴です。 したがって悪路での走破性が比較的高くなりますが、 舗装路での走行性能では独立懸架に劣るとされています。

3リンク式では両輪がストロークした場合、または車高を変更した場合、 車軸が車体中心に対して左右にずれてしまうという課題があります。 3リンク式では車輪がホイールハウスに余裕を持って収まるような設計になっているため純正状態では あまり問題になることはありませんが、 車高調を入れてローダウンまたはリフトアップした場合にはこのズレが大きくなり、 タイヤとホイールハウスが干渉してしまうことや 最悪車体からタイヤがはみ出してしまうことなどの問題が生じます。 こういった場合は社外の調整式ラテラルロッドを導入して1G時の車軸左右位置を調整します。

調整式ラテラルロッドで1G時の車軸左右位置を決める際は、 サスペンションが縮んだ際に車輪が収まる余裕を残すようにします。 つまり車種や車高によっては必ずしも車軸を車体中心に合わせることが正解ではないということです。

5リンクは、3リンクにおける「駆動力がかかった際に車軸やデフ玉が捻れることで加減速のレスポンスが悪化する」 というデメリットを解消するために作られた懸架方式です。 基本構造は3リンクと同じですが、捻じれを抑えるためのリンクが左右で2本追加されているため、 計5本のリンクが取り付けられています。

トーションビーム式

トーションビームは左右のスイングアームの間にトーションビーム(撓み横梁)を設けることで、 トレーリングアームの欠点だった横力に対する耐性と、3リンクの欠点だった舗装路での走行性能を改善した懸架方式です。 3リンクでは左右のスイングアームが硬い=撓まない車軸で結ばれていたので、 両輪が互いに強く及ぼし合う構造でした。 一方でトーションビームでは、左右のアームを結合する構造を撓む=しなるものとすることで、 片輪がストロークした際にもう片輪へ与える悪影響を軽減しています。 このため、トレーリングアームと比較して操縦安定性が高く、 3リンクと比較して乗り心地・路上走行性能に優れるという特徴があります。 また構成部品点数が少なく、レバー比を稼ぎやすく短いスプリングでも十分なストローク量を確保できることなどから FF車のリアサスペンションとして採用されることが非常に多いです。

ここでは左右を結合する構造があるため、トーションビームを車軸懸架として分類しましたが、 実際には車軸懸架と独立懸架の中間的な立ち位置になります。 またトーションビームがスタビライザ(どこかで説明します)の役割を果たすため、 独立懸架に比べて純正状態でもロール剛性が高いという特徴があります。

ビームの取り付け位置によっても名称や性質が異なることがあります。 現在主流なのはカップルドビームです。

リーフ式

トラックなどの大きな荷重を受け止めるサスペンションに用いられることが多い方式です。 車部の車でリーフ式の車はまず見ないと思います。 スプリングに従来のコイルスプリングではなくリーフスプリングを用いるところが特徴ですが、 その他の構造については3リンクにかなり近いところがあります。

レバー比

レバー比とは、サスペンションアームの可動軸からバネ(またはショック)までの長さを1としたとき、 可動軸からホイールハブまでの距離がいくつになるのか、という比率です。 例えばバネのレバー比が1.5という場合は、可動軸~ホイールハブの距離が可動軸~バネの距離の1.5倍になるということです。 レバー比を設定することで、短いスプリングやショックでも十分なストロークを確保しやすくなります。 DWBやマルチリンクは基本的にレバー比がかかりますが、 特にリアサスペンションは後席や燃料タンクレイアウトなどの関係から十分なスペースを確保することが難しく、 レバー比によってスプリング/ショックの短さをカバーする作りになっていることが多いです。

レバー比は車種によって異なりますが、ここで代表的な値を提示します。

レバー比が1以上ということはてこの原理により、実際の輪荷重より見かけ上大きな荷重がバネに伝わるということです。 例えばレバー比1.5の場合、100kgの荷重がかかるとバネには1.5倍の150kgの力がかかります。 さらに10mmのバネの縮みはレバー比1.5で倍増されます。 このため、実効レート(ホイールレート)はバネ定数を (1.5)^2 = 2.25 で割ったものになります。

より一般に、

  1. F: 車軸にかかる力 [kg]
  2. x: 車軸の縮量 [mm]
  3. F': バネにかかる力 [kg]
  4. x': バネの縮量 [mm]
  5. r: レバー比

とすると、

  1. F' = r F
  2. x = r x
  3. x = (r^2 F) / k

となります。 この計算式は、車高の調整や適正バネレートの決定などで役立ちます。

スタビライザ

サスペンションとは直接関係がありませんが、関連部品なのでここで簡単に説明します。 スタビライザ(スタビ)はねじり棒で、車体がローリングしたときに片輪が沈み込むとスタビが捻られ、 スタビを通じて反対側のスプリングをも縮ませようとするように力が伝達されます。 こうして反対側のスプリングの反力も借りてローリングを抑えるのがスタビの役割です。 ちなみに両輪が同量ストロークする場合はスタビは捻られないので効果は発揮されません。 このようにローリングのみを制限し、ピッチングには効果を及ぼさない特性から、 アンチロールバー(ARB)とも呼ばれます。

ローリングを抑えるという部分だけ聞くとメリットばかりに感じるかもしれませんが、そうでもありません。 コーナリング中、ローリングによってアウト側サスペンションは縮み、 イン側サスペンションは伸びようとします。 スタビの働きによりアウト側の縮量を規制しますが、 この時同時にイン側サスペンションの伸び量も規制してしまいます。 これによりスタビがあるとイン側の車輪が浮き上がりやすくなります。 これをインリフトといい、駆動輪がインリフトしてしまうとトラクションが抜けて スロットルを開けても車が進まず、 非駆動輪がインリフトしてしまうとコーナリング中の挙動がピーキーになる傾向があります。 基本はメインスプリングのバネ定数で縮/伸量を設計し、 どうしてもメインスプリングだけでは固くなりすぎてしまい「突っ張る」感覚がある場合のみ スタビを装着することやスタビの強化を検討するべきでしょう。